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色々と終わってるアラサー男が迷走するブログ

宮部みゆきさんの「火車」はお金の怖さを教える教本として社会人必読の書にして欲しい

 お金の怖さを教えてくれる作品と言えば、近年だと真鍋昌平さんの闇金ウシジマくんがぶっちぎりだと思いますが(ウシジマくんも少し古い作品になりつつありますが)、僕は少し古い作品ですが宮部みゆきさんの「火車」をお勧めしたいです。

 今から30年程前の1992年頃に執筆された作品なので今の時勢とは事情が変わっている部分がありますが、現代でも通じるお金の怖さを教えてくれる傑作ミステリーです

 

火車」の概要

 警察官である主人公の本間俊介は事件の捜査中に負傷して休職中でしたが、親戚の銀行員だった和也から、行方不明になった関根彰子という婚約者の女性を探して欲しいと頼まれます。

 関根彰子はとても魅力的な女性でしたが過去に自己破産していたことを和也に隠しており、そのことを問い詰められて姿を消してしまったのでした。

 不本意ながらも彰子の行方を探し始める本間でしたが、和也が知っている彰子の姿と、かって彰子の自己破産を手伝った弁護士の知る彰子の姿が全く違っていたことから、今の彰子が全くの別人が成り代わった姿ではないのか? という疑念を抱きます。

 そして本物の彰子が転落していく過程を通して、その裏にあった消費者信用社会の光と影が描かれていきます。

 

 お手軽に借金ができる恐怖

「この頃日本の消費者金融供与額はおよそ57兆円という国家予算並みの数字で異常な急成長をしているが、その影には消費者金融がATMで簡単にお金を借りられる手軽さに反し、無差別過剰与信や高金利・高手数料等の消費者金融が抱えてる危険性に対する認知があまりされていないという問題があり、最初は利息もそれ程高くないし浪費している感覚も少ないからとちょくちょく利用しているうちに、借金が膨らんで返済で手一杯になり、真面目で臆病で小心者の人たち程、返さなきゃという考えに囚われて泥沼に嵌っていく。

 彰子もそんな一人だったが、商品者金融の仕組みや教育が徹底されていないのに、果たしてそれを全て「自己破産するような金遣いの荒い本人が悪い」と個人の責任に押しつけていいものか……と、彰子の自己破産を担当した弁護士は語っています。

 

 僕も以前キャッシングに手を出してえらい目に遭ったんですが、最初の1回は清水の舞台から飛び降りる気持ちで「これっきりだから……」と自分に言い聞かせてた筈なのに、あっさりお金が手に入ってしまうと「あれ? 思ったより大丈夫じゃん!」と拍子抜けしてしまい、それからはどんどん利用する頻度が増えてっていつの間にか限度額一杯になって返済に追われることになってしまってたんですよね。

 だから上記の言葉は本当に自分の事を言い当てているようでドキリとしました。

 

足を求めてしまう蛇

 本間はかって彰子の同僚だった女性から、彰子が自己破産に至る程の借金を重ねてしまった過去を聞かされることになります。

 苦しかった子供の頃と決別したくて社会に飛び出したものの、現実には地味な仕事と生活苦に辟易する日々、金も学歴も能力もなく、容姿もそれ程ではなく、頭もよくない彰子は、自分の中で思い描いていた夢のような暮らしをしているという「錯覚」を味わいたくて、クレジットで贅沢三昧の暮らしをするようになってしまった、と。

 彰子のような人達を、蛇が自分に必要でもない「足」を求め、「足」が映るような鏡を借金してまで求めてしまうようだと同僚は例えていました。

 

 ここで言う「足」とは身の丈に合わない願望や夢のことで「高価なブランド品が欲しい」「美人と沢山付き合いたい」「勝ち組になって名声を得たい」など内容は様々ですが、世の中にはそういう欲望を刺激する情報が溢れかえっていて、現状が苦しい人ほど夢を求めて、時には借金をしてまで夢を叶えようとします。

 それで上手く行く人もいるのでしょうが、一方でまるで上手く行かずにただ金を失って終わってしまう人も数多くいます。

 かくいう僕も過去に借金してまで情報商材を買ってビジネスに手を出しましたが、まるで成果が出せず失敗に終わってしまった過去があります。

 SNSで勝ち組のキラキラした成功体験談が溢れかえっている現在の方が、余計に実感しやすいことかもしれません。

 

天使の顔をして近づいてくる悪魔

 自己破産をしてもう一度人生をやり直そうとしていた彰子ですが、そんな彰子にまるで生贄を求めるかのように、悪魔のような人間が近づきます。

 本来は守られてる筈のプライバシーが思わぬ形で流出してしまったり、身内の不幸が重なり標的にされてしまった彰子は、自分と似たような境遇の優しい人に化けて近づいたあくまについ心を許してしまい、自分の人生を乗っ取られてしまうことになってしまったのです。

 

 世の中には愛想のいい顔をして無知な人間に近づき、カモにしてやろうと考えている人間が沢山います。

 僕もまさにそんなカモにされる人間でした。

 「クーポン券あげますよ」と言われてアンケートに応えたらキャッチセールスに引っかかって6万円むしり取られたり、量販店のプラモ売り場で「僕もガンダム好きなんですよ~あ、一緒に飯でも行かないですか?」と話しかけられてのこのこついて行ったら顕〇会に入信させられたり、会社の先輩から「お前の名義で俺の携帯買ってくれないか? 使用料は俺が払うからさ」という連帯保証人になってくれと言われてるも同然の引き受けちゃいけない頼みをなんの疑いもなく引き受け、案の定その先輩は支払いをバックレて失踪して僕に支払いの義務が生じてしまったり……

 

 当時はマジで困ったものの今はネタにできるからまだマシですが、場合によってはもっと悲惨な目に遭っててもおかしくなかったかもしれません……。

 

 いともたやすくプライバシーが流出してしまう現代では、どんな悪い人間が情報を手に入れて近づいてくるか分かりません。

 関根彰子を陥れた悪魔のような人間は現実にも間違いなく潜んでいて、そんな悪魔が掘った落とし穴はすぐ隣にあり、気を抜けばすぐに落ちて抜け出せなくなってしまうのかもしれません。

社会人にも社会に出る前にも是非読んで欲しい

 キャッシングで破滅してしまう人の姿を通じて、人間の欲望とそれを増長させる社会の歪み、気を抜くと簡単に落っこちてしまう人生の落とし穴の怖さなども描かれている本作は、社会人や社会に出る前の若い人への教科書と言ってもいい程教訓が詰まった内容となっています。

 現在はキャッシングの法改正等もされているので少々時代にそぐわない描写もありますが、それを差し引いても本作で描かれる社会の闇は現代だからこそよりえげつないものとしてはっきり映るのではないかと思います。